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伊藤整 『女性に関する十二章』 を読む


先日、BOOKOFFで偶然見つけたこの文庫本。 まさか、BOOKOFFで伊藤整の作品に出会うとは。。。値札を見ると100円。安すぎる。無論即買いした。 伊藤整といえば「チャタレー裁判」で有名な北海道出身の評論家・小説家だ。 フェミニストの彼が、『女性に関する十二章』というタイトルの作品の中でどのような考え方を展開したのか、とても気になった。 解説を見てみると、本書は、昭和28年(1953年)に『婦人公論』に一年間連載されたものが一冊にまとめられたものだとのこと。 恋愛・結婚・家庭などなど、女性にとって無関心ではいられない12のテーマについて、伊藤は自己の考えを述べている。 1953年といえば、いわゆる高度成長期に入りかけた頃だ。朝鮮戦争による特需で経済成長に拍車がかかり始めている頃に発行されたものだ。 筆者の考えが最も良く現れているように感じたのは、「第九章 情緒について」及び「第十二章 この世は生きるに値するか」の二つの章だ。 特に、第九章における筆者の指摘は大変興味深い。 伊藤氏曰く、社会生活というものは、二個の人間の我慾がぶつかったときに、それを両方とも生かして、適当に調和させることなのだと述べる。 個人の我慾は殺すべきでなく、他人の我慾と調和させ、妥当に組み合わせて生かすべきものだと。 我慾を持った人間が、その我慾を主張し、他人も主張する。そして、その間に理屈によって折り合いをつける。 このような論理的調和には、しかしながら、日本人は慣れていないと。 筆者は、日本人が陥りがちな情緒的考え方として、二つの両極端で”危険な”考え方を紹介している。 一つは、自分が他人を完全に支配し、他人を奴隷にしてしまうというもの。 もう一つは、自分さえ犠牲になればいい、自分を全く棄て誰かのために死んで行くというもの。 そして、その両極端でないものを、我々は、「ダキョウ」だ、「中途半端」だ、と言って軽蔑する。そういう社会状態があまり長く続いた結果、その中に生きるのに慣れて、人と人との合理的な組み合わせをこの世で作ることは不可能だと考えるようになったのだと。よって我々日本人は、清らかな生活というものは、社会を離れて出家遁世することや花鳥風月に遊ぶことによってのみ作ることができる、と考えるようになり、死ぬことは清潔だと考えるものその延長だと。 筆者は続けて、「心中」の根本情緒について述べる。それは、「男と女の本当の恋愛は、この世に生きていて通すことはできない。あの世に行って実現しよう」といった考え方であると。このように、正義は、論理の通った実生活は、この世の中には実現しがたいものだという考えが、我々の中に大変深く根を下ろしており、そこから情緒が湧いて出て、私たち行動を、死や遁世思想に、容易に結びつけるようになっていると主張している。 筆者は、第十章において、次のようにも述べている。 政治家や宗教家や教育家は、色々欲望を内側に持っている人間に規律を与え、それを制限し、家庭や社会の秩序を保たせようとする。そして、それ等の規律や秩序に反するものを、彼等は悪と呼ぶ。たしかに、人間が調和して生きるためには、これ等の秩序は必要なのだが、もっと根本的なことは、人間として多くの欲望を持ち、それを可能な所まで実現することが生活だ、ということだと。秩序はそれらの欲望を社会的に調和させる方法にすぎず、秩序が大切なのではなく、出来る所まで人間の欲望を生かすことが大切なのだと。その秩序にぶつかりそれに抵抗しながら、我々がどこまで自分を生かせるかを分らせ、生きていることの実感を味わせるものが芸術であると筆者は主張。 我々日本人の中に長い年月をかけて沁みこんできた「情緒的」な考えは、秩序というものが理不尽な現実として立ち現われてきた場合に、それに立ち向かうための活力を削ぎ得るということだ。 第十二章において、筆者は、秩序というものについて突っ込んだ議論を展開している。 秩序とは元来は、人間がこの世の中に群れて住む時に、なるべくマサツが起きないように、人々が調和して生き易いようにと考えて長い間かかって作った約束だと。しかしながら、元来は秩序は人間を幸福にさせ調和的に生きさせるために作られたものなのに、それが固定化すると、世の中の変化に合致しなくなり、それによって利益を得る人は少部分であり、それによって不利益を蒙り、自分の人間らしい欲望をおさえなければならない人の方が多くなる。そういう時に、その秩序を根本から変化させようと企てるのが、よい意味でも悪い意味でも革命家というものだと。 秩序というものは、決して不動のものではなく、変化するものであり、それに従いながらもそれが自分の人間としての正常な欲求にひどく反すると感ずる人が多くなると、その秩序は悪い秩序になる。悪い秩序の行われている社会で、その秩序を変えることが困難なのは、恋人、夫婦、親子の愛などが邪魔するからだと。それ故に、愛は両刃の剣であって、その人を守ると同時に、その人を駄目にすることもあるのものです。 人間は、愛に対しても判断力を失ってはならないのです。愛が私たちを秩序の奴隷として縛りつける強い鎖となることがしばしばあるからである。例えば、戦争は罪悪だと信じていても、第二次大戦中の日本人は、家族の安泰を考えて、それを言うことができなかった。 本書は優れた日本人論であり、芸術論であり、人間論である。
by GF777 | 2010-09-26 00:00 | 過去投稿記事の移行


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