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金原ひとみ『ハイドラ』&『アッシュベイビー』を読む

金原ひとみ『ハイドラ』&『アッシュベイビー』を読む_e0208346_12504026.jpg金原ひとみ『ハイドラ』&『アッシュベイビー』を読む_e0208346_12504848.jpg
私が今最も注目している若手作家、金原ひとみ。 『ハイドラ』、『アッシュベイビー』の二作品を読む。今回は『ハイドラ』について書く。 『ハイドラ』は私が初めて読んだ金原ひとみの作品。新しい感性を感じ、読み進める中で少なからず興奮を覚えたことを今でも忘れずにいる。 以来、ずっとこの作品については心にひっかかる何かを感じていた。 今回読むのは二度目。 彼女は、処女作で芥川賞を受賞している。別の若手女性作家とのダブル受賞だった記憶がある。処女作はまだ読んでいない。近いうち読んでみたいと思う。 『ハイドラ』は、有名なカメラマン新崎と彼の専属モデルをしている早希の屈折した依存関係を描いた作品だ。 「イメージっていう、手垢がついていないからいい」という理由で新崎に誘われた早希は、「何かへの繋ぎ」という気持ちから専属のモデルのオファーを引き受ける。新崎とは恋愛関係になり、前の男とも分かれた。付き合い始めて5年を経た現在、早希は新崎との関係に物足りなさを感じはじめる。恋人同士の甘い会話もなく、セックスの回数も減少の一途をたどっていく新崎との関係。ベッドの中で新崎の隣にいる時間だけが、唯一、彼の恋人なのだと感じられる。互いに求めあうことのないベッドタイム。しかし、早希は「その時間の特別性にすがって生きている」。早希は、彼の意に添った意志しか持たない。「彼がやめろと言ったら何でもやめる。やれと言われれば全てやる。彼の望みがそのまま私になる。」 そんな屈折した依存関係の中で、早希は、「噛み吐き」(拒食)によって、新崎が撮りたいものに自分を近づけていくために、体をつくっていく。彼女は彼が撮りたがっているものは、人が感情や人間らしさを失っていく過程だということを知っていた。痩せれば痩せるほど嬉しく感じ、浮き出た骨を見つめては恍惚とする早希。 ある時、早希は友人の紹介でバンド“セク”のボーカル松木に出会う。新崎とは全く対照的な性格の松木に早希はぐいぐい魅かれてゆく。ストレートに感情の籠った言葉をぶつけてくる松木。世の中では肯定されているように見えながら、否定されている「綺麗ごと」をストレートに歌い上げる松木。早希は、そんな松木の生き方を見て、素のままで、現実的な在り方と、彼自身の自己イメージと、他者が持つイメージとがぴったり一致しているのを感じた。と同時に、「その矛盾のなさ破綻のなさ」に対して脆さと怖さとを感じた。「自分が傷つけられることを恐れて必死に、あらゆる場所に布石をして生きている私とは、正反対」の松木。新崎は「矛盾も破綻も認めていて、きちんと逃げ場を持っている人だった」。一方、松木は「矛盾も破綻も認めていなくて、むしろ、矛盾や破綻を罪だと思っている」。そしては、早希自身は、矛盾に満ちた自己の在り方を認識している。 早希は、松木の隣で眠りにつきたいという気持ちが一杯なのにも関わらず、自分のことを「受け入れるでもなく愛するでもなく、ただ自分を自分でいさせてくれる唯一の人間」である新崎の元へ戻っていく。 松木との短い恋の関係は再び自分が新崎の元へと帰っていくために仕組まれたものだったのでは、という考えが早希の脳裏をかすめる。新崎は、自分が彼のマンションに必ず舞い戻ってくると、知っていたのではないのかと。全てが、新崎の思い通りになったのではないのかと。再び、被写体として新崎のレンズの前でポーズを取りながら。。。 その生き方に強く魅かれながらも、松木との間には飛び越えられない距離がある。「矛盾」と真っ向勝負しているかのような松木と、「矛盾」と抱え込みながら生きている自分(早希)。一糸まとわぬ感情露わに積極的に自分を求めてくる松木を愛おしく思いながらも、松木の「矛盾と破綻のなささ加減」に早希は近寄りがたさを感じてしまう。ひょっとしたら、松木のことを傷つけ、壊してしまうことだってできてしまう自分を意識してしまう。 一方、新崎との関係は屈折したものだ。甘い愛の囁きやセックスに彩られる恋愛関係は喪失されているものの、新崎との関係において、早希はある種の手ごたえを感じている。早希は、新崎が求めているものを十分に知っており、彼が求めるものに応えていくことに、それがある種非人間的なことを要求されることだとしても、喜びを感じている。新崎は、矛盾に満ちた自分を、拒否することもなければ、受け入れることもしない。ただ、そんな矛盾まみれの自分を、そのままいさせてくれる存在。カメラマンとその被写体の奇妙な依存関係。 本作品、読後に何か引っかかるものを残さずにはおかない。そのことが気になり、もう一度読んでみようかという気を起させる。 また、登場人物もそれぞれ面白い。特に、キーとなる脇役として登場する”リツくん”は興味深い人物だ。似た者同士の鋭い臭覚で早希の本性を見破るリツ。 あと数作品読んでみた後に、もう一度手にとってみるのもよいかもしれない。 私が持っている新潮文庫版では、大好きな瀬戸内寂聴先生が解説をしているのだが、齢九十近くの寂聴先生の尽きることない向学心というか好奇心には脱帽するしかない。 先生は、若い才能・感性に強い興味を抱き続けていて、「若い作家の作品にはびっくりさせられるような新鮮さや斬新さが輝いていて、快いショックを与えられることが間々ある」 「そんな時、私は興奮して、こんな才能に生きているうちに遭えてよかったと思う」と述べる。先生は、御歳88歳である。それだけの高齢にして尚、若き才能への興味を失ってはいない。 本書解説において、特に共感を覚えた先生の発言を最後に残しておく: 「ひとみさん、私は1922年生まれ、あなたは1983年生まれ、二人の年の差は61歳です。まさに私の孫に当たります。あなたの三倍も長く生きたところで、人生経験など、ほんものの小説を書く上では何の取柄にもなりません。才能を支えるのは、経験ではなく、ひとえに想像力だけなのです。」 「小説は所謂人間の「はらかいの外」の心の動きを掬いあげて読者に見せるものではないでしょうか。理性や教養や反省の利かない人間の動物的な本能こそが小説を書かせる読ませる原点なのだと思います。」
by GF777 | 2010-08-16 00:00 | 過去投稿記事の移行


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